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zoom RSS テーマ「エッセー」のブログ記事

みんなの「エッセー」ブログ

タイトル 日 時
思い出のスケッチ132 親を待つ 他
思い出のスケッチ132 親を待つ 他                              ☆親を待つ                   6月はツバメが子を育てるシーズン。                   親の気配を察すると、子らは巣から一斉に首を伸ばして啼く。                   見ていて飽きない。 ...続きを見る

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2017/06/12 23:52
思い出のスケッチ131 灯台
思い出のスケッチ131 灯台 梅雨入り前の蒸し暑い日がつづいている。前回に引き続き、涼気を呼ぶ灯台風景を載せてみた。 テレビのアンテナが林立する1970年代の北海道の漁師村に、力強く立つ灯台。 村の広場のいたるところに昆布が広げてあった。 ...続きを見る

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2017/06/09 22:11
思い出のスケッチ130 梅雨近し
思い出のスケッチ130 梅雨近し                   蒸し暑い日が続きます。                   梅雨間近。                   灯台風景でもお楽しみください。 ...続きを見る

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2017/06/05 21:20
思い出のスケッチ129 沙羅双樹
思い出のスケッチ129 沙羅双樹 東京の新橋駅前の広場に、十徳ナイフを売る香具師がいた。ナイフには特別にガラス切りがついていて、巧みな口上とともに手にしたガラスを紙のように刻んでみせ、見物人を唸らせていた。 ...続きを見る

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2017/06/02 16:37
思い出のスケッチ128 地上の星
思い出のスケッチ128 地上の星      かつての農村は5月から6月にかけて、田植えで多忙な時期を迎えた。猫の手も借りたいなか、田圃で産気づいた主婦が戸板に乗せられて急きょ家に運ばれるのを見たことさえある。 農繁期が過ぎた7月には疲労のため病人が続出して、こんどは医者と坊さんが忙しくなるといわれたものである。(スケッチは 初夏の瀬戸内海) ...続きを見る

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2017/05/29 21:49
思い出のスケッチ127 海辺のエトランゼ
思い出のスケッチ127 海辺のエトランゼ           鎌倉の海辺で見かけたエトランゼ。           海のかなたを眺めていた。 ...続きを見る

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2017/05/26 16:28
思い出のスケッチ126 ゴッホと少年
思い出のスケッチ126 ゴッホと少年                             ツバメの巣            ……これは以前、別のブログに載せた記事からの引用・・・・・・       「気ちがいゴッホ」といわれていたゴッホのエピソードから ...続きを見る

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2017/05/22 17:12
思い出のスケッチ125 小さな漁港 
思い出のスケッチ125 小さな漁港  どこの漁港だったろう。ローカル線に乗って旅した折、対行車輛を待って小休止した駅で見た風景である。漁船がほとんど出払った港には、初夏の陽が明るく降り注いでいた。 「ワカメ刈りに出てんだろ」 「んだ、今が一番忙しい時期だべ」 客が窓の外に目をやって、話し合っていた。 ...続きを見る

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2017/05/19 17:48
思い出のスケッチ124 不思議
思い出のスケッチ124 不思議 関東はこのところぐずついた天候がつづいている。 俳句の季語に「卯の花腐し(うのはなくたし)」というのがあり、このような気候をいうらしい。                ひと日臥し卯の花腐し美しや     橋本多佳子 ...続きを見る

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2017/05/15 22:34
思い出のスケッチ123 ネコ・カフェ
思い出のスケッチ123 ネコ・カフェ ≪ネコ・カフェ》 ネコたちは広い店内を自由気ままに歩き回り、飛び回っていた。とくに窓の外には興味があって、物売りが通りかかると、いっせいに首が動き、とくにおでん屋なんかには目がないようで、窓をひっかく真似をした。 ...続きを見る

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2017/05/12 17:40
思い出のスケッチ122 美しい町
思い出のスケッチ122 美しい町 むかし、金子みすゞという薄幸の童謡詩人がいた。短い生涯のなかで、一つ一つがキラ星のように心に残る童謡を残している。次の手書きにしてみた「美しい町」もそのひとつ。 〈赤い屋根の川岸に、絵描きの小父さんがぼんやりと水面を見つめて…… 〉 幻想的で抒情的な情景が歌い込まれていた。(絵は、セーヌ川の水彩画) ...続きを見る

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2017/05/08 21:18
思い出のスケッチ121 五月の空 と山羊
思い出のスケッチ121 五月の空 と山羊 五月の明るい陽光のもと、山羊の親子がのんびりと憩う。 そな様子を画帳に描きとめていると、うしろで人の気配がした。ハンチングを無造作に被った異人さんがにっこりと微笑みかける。山羊の飼い主だといった。 ...続きを見る

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2017/05/05 00:13
思い出のスケッチ108 有楽町駅界隈
思い出のスケッチ108 有楽町駅界隈 山手線の有楽町駅は、銀座に近いほか日比谷にも通じていて、昔から乗降客の多い駅で知られていた。 当時、人物を描くことを主眼にしていたわたしたち日曜画家の連中は、多くの人が行き交う<群像>をいかに表現するかという課題に取り組んでいた。そこで目をつけたのが、混み合う駅頭であった。 ...続きを見る

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2017/03/06 21:37
思い出のスケッチ88 あまだ猫って、知ってますか
思い出のスケッチ88 あまだ猫って、知ってますか 体はしなやかで、気性も温和な猫たち。ちらりと見せる忍者のような身のこなしが、一種のシャイな魅力となってフアンを惹きつけてやまない。さて、人目を避けて農家の天井裏(あまだ)にそっと棲みついた猫たちがいた。(絵は、クロと呼ばれた鎌倉の人気野良ちゃん 昭和60年頃) ...続きを見る

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2016/11/14 17:33
思い出のスケッチ87 続・秋を描く
思い出のスケッチ87 続・秋を描く 信州の飯山線は、詩情豊かな千曲川沿いを走る。ところでこの千曲川、長野の平野から北越の高地へ向かって流れる、不可思議な川なのである。飯山線の電車(地元の人は汽車といっていた)は、だから、川の流れる方向にいつの間にか渓谷奥く分け入って行くのだった。 ...続きを見る

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2016/11/11 16:06
思い出のスケッチ87 秋を描く
思い出のスケッチ87 秋を描く 秋のスケッチ・シーズンたけなわ。ここに掲げるのは、京都の老舗の漬物屋で、店先の猫が招き猫となって人を呼び込んでいた。仕込んだわけではないのに、自分からすすんで招き猫をやっているのだという。 ...続きを見る

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2016/11/07 19:20
思い出のスケッチ86 神田・ニコライ堂の戦中秘話
思い出のスケッチ86 神田・ニコライ堂の戦中秘話 東京神田の高台に建つニコライ堂は、ロシア正教の教会として長い歴史をもつ。建物の美しさもあってお茶の水の大聖堂として親しまれ、絵を描く者にとっても格好のターゲットとなっていた。 ...続きを見る

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2016/11/04 18:15
思い出のスケッチ80 竹の皮包みのお握り弁当
思い出のスケッチ80 竹の皮包みのお握り弁当 ようやく気温も下がり、今朝は肌寒さを覚えるまでになった。やがて紅葉シーズン。スケッチかたがた山歩きを楽しんだ頃が思い出される。 ...続きを見る

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2016/10/14 17:34
思い出のスケッチ79 ローカル線の旅・筑波鉄道(後)
思い出のスケッチ79 ローカル線の旅・筑波鉄道(後) 「東に筑波、西に富士」。江戸の人たちはこの二つの霊山に向かって、朝な夕なに手を合わせた。筑波山は千メートルに満たない山ながら、平坦な関東平野の東の空に双峰の優雅な稜線を描いて聳えていた。 (絵は「筑波山秋景」) ...続きを見る

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2016/10/10 20:53
思い出のスケッチ78 ローカル線の旅・筑波鉄道(前)
 思い出のスケッチ78 ローカル線の旅・筑波鉄道(前) むかし、湖と山を結ぶ線路を小さな電車が走っていたとさ。大人に子どももまじってガタゴトと揺られながら、窓の外に流れる四季豊かな眺めを大いに楽しんでいたんだ、と。(スケッチは、「霞ヶ浦から筑波山を望む」) ...続きを見る

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2016/10/03 12:59
思い出のスケッチ77 旅はローカル線に乗って
思い出のスケッチ77 旅はローカル線に乗って わたしの旅はスケッチブックを片手に、もっぱらローカル線に乗って出歩く呑気なものだった。時間を気にせず行き当たりばったりに下車して、画帳を開く。見知らぬ駅の小さな吹き抜けの待合室には人の気配がなく、この地方の観光ポスターが所在なげに風に揺れていたりしていた。 ...続きを見る

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2016/09/27 17:13
思い出のスケッチ76 栗の実&烏瓜
思い出のスケッチ76 栗の実&烏瓜 イガ付きの栗の実を、初めて見た時の感動を忘れない。近所のお兄さんが旅行先から採ってきた山栗だったが、赤銅色の栗の実がイガの裂け目から顔をのぞかせている。あまりの見事さに、一瞬、精巧な模型ではないかと息をのんだ。 ...続きを見る

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2016/09/23 17:14
思い出のスケッチ75 秋霖
思い出のスケッチ75 秋霖 9月に入って晴れた日を見たのは2,3日。あとは雨か曇りの日が続いている。気象用語にならって「秋雨前線」と呼ばれているが、後で触れるように、俳句の季語には多様な呼び方があって、この時期は単なる憂鬱な季節ではないのである。(スケッチは、「山麓の秋霖」) ...続きを見る

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2016/09/20 20:53
思い出のスケッチ74 蜜柑
思い出のスケッチ74 蜜柑 果物が季節感をもってわたしたちと向き合っていた頃、もっとも身近なものといえば、蜜柑だった。蜜柑は俳句の季語にもなっていて、<わが子の嘘のみづみづしさよ みかんむく 寰q>と、蜜柑の香気をわが子の無邪気な嘘に絡ませて一句詠んでいたりしている。 ...続きを見る

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2016/09/17 16:04
思い出のスケッチ73 仲秋の名月
思い出のスケッチ73 仲秋の名月 ことしの十五夜(9月15日)は曇りと予報されていて、いささかがっかりしている。かつては十五夜の月明かりのする縁側に、団子を三方に盛り、御神酒徳利(おみきどっくり)にすすきを挿して、<仲秋の名月>に供えたものである。(絵は、「パリの満月」 カラー画用紙+パステル) ...続きを見る

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2016/09/12 17:24
思い出のスケッチ72 河童
思い出のスケッチ72 河童 沼沢に棲む河童は、人々の生活に潤いと彩りを与えた。田畑を荒らす悪い河童がいる一方で、人の子の遊び相手になったり、祭りの囃子に浮かれる陽気な河童もいて、何とも微笑ましい(絵は、牛久沼の河童像)。 ...続きを見る

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2016/09/09 17:55
残暑お見舞い
残暑お見舞い   残暑お見舞い申し上げます。 ...続きを見る

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2016/09/05 15:23
思い出のスケッチ71 バナナ
思い出のスケッチ71 バナナ 植わっているバナナの実を初めて見たのは、小学校の5年生のときだった。見学先の植物園で、目の前にバナナの房が、どさっとばかりぶら下がっている。「ウワァ、これって、バナナか?」「ウソだい、造り物にきまってる」「それにしても、よくできてるな」。ワイワイ言い合って見上げた。 ...続きを見る

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2016/09/02 17:47
思い出のスケッチ70 さようなら 夏休み
思い出のスケッチ70 さようなら 夏休み 夏休みもいよいよおしまい。長いようで短かった8月。おたがいに、よく遊んだなア。さあ、明日から学校だ。今日のお別れに、下駄の飛ばしっこして、明日の「お天気占い」をやってみようよ。それっ、「あした天気にしておくれっ!!」。 ...続きを見る

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2016/08/29 17:14
思い出のスケッチ69   浅草・雷門
思い出のスケッチ69     浅草・雷門 外国観光客の人気ナンバーワン・スポット<浅草・雷門>。ここにやってくると、様ざまな人と風姿と言語が混然一体となっていて、異次元の世界に足を踏み入れたような「法悦」を覚える。 ...続きを見る

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2016/08/26 12:57
思い出のスケッチ68 台風
思い出のスケッチ68 台風 激しい雨脚が、雨戸をたたきつける。目下、台風9号が接近中だ。近くの河川では洪水注意報が発せられる。8月22日 13時30分現在  ……スケッチは以前、台風にさらされた団地内の様子である。  ...続きを見る

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2016/08/22 13:34
思い出のスケッチ67 破船とロマン
思い出のスケッチ67 破船とロマン 連日の猛暑は台風を呼び込んだ。テレビにシケ模様の海が映し出され、岸壁でしぶきを浴びながらアナが必死の様相で現地の状況を伝える。……さて、台風が残した爪痕のひとつに、破船の姿があった(1980年頃のスケッチ)。 ...続きを見る

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2016/08/19 17:13
終戦の日に寄せて ・ 「少年兵」
終戦の日に寄せて ・ 「少年兵」 きょう8月15日は、71回目の終戦の日に当たる。太平洋戦争では多くの同胞を亡くした。 (絵は「戦時中の家庭用必需品」。<国民皆兵>のスローガンのもとに、空襲に備え大人も小・中学生もこれらの装具を用意しておくように指示された。) ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 337 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/08/15 14:52
思い出のスケッチ66 山小屋のともし灯
思い出のスケッチ66 山小屋のともし灯 「山の日」。わたしにとっては、この祝日を山へ想いを寄せる日としている。忘れがたいのは、山小屋に点るランプの灯がとりわけ旅情をそそったことだ。 ...続きを見る

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2016/08/12 12:57
思い出のスケッチ65  エッセイ・「ある古書店の話」
思い出のスケッチ65  エッセイ・「ある古書店の話」 夕涼みを兼ねて古本まつりを冷やかして歩いた頃が懐かしい。探している本に巡り合わなくても、本の装幀や挿絵を手に取って眺めて回る愉しみは、得難いものであった。 ...続きを見る

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2016/08/08 12:52
思い出のスケッチ64 夏休み
思い出のスケッチ64 夏休み 夏休みは子どもにとって遊びの天国。宿題の昆虫採集も、トンボ、セミ、バッタなんかを追っかける遊びだった。ビー玉やメンコ、石けりよりも、夏は郊外に出て小川に笹舟を浮かべたり、フナやドジョウを取ることに熱中した。 ...続きを見る

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2016/08/05 12:58
思い出のスケッチ63  昆虫たちの夏
思い出のスケッチ63  昆虫たちの夏 梅雨明けとともに蝉の声が身近に聞かれるようになった。<閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉の声 芭蕉>。古寺の庭園に聞く蝉の声である。ここでは、侘び寂びの風趣が感じられて心の洗われる思いがする。 ...続きを見る

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2016/08/01 17:20
思い出のスケッチ 62 花火
思い出のスケッチ 62 花火 夏の風物詩に花火は欠かせない。隅田川や東京湾の打ち上げ花火はこれからが本番だ。 しかしそんななかで、子ども同士で手花火を楽しんだ往時が偲ばれてならない。(カラー画用紙使用) ...続きを見る

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2016/07/29 17:23
思い出のスケッチ61 霧 笛
思い出のスケッチ61 霧 笛 前々々回で触れた銚子の犬吠埼灯台へは、消夏をかねて何回かスケッチに出かけた。そんな中で、霧の深い日に発せられる灯台の<霧笛>は、特別に感慨深かった。 ...続きを見る

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2016/07/25 20:23
思い出のスケッチ60 金魚売り
思い出のスケッチ60 金魚売り 金魚も朝顔とともに夏の風物詩であった。<キンギョ〜、キンギョ〜オエ>。路地には、金魚鉢を並べた台を天秤棒に担いで売り歩く、金魚売りの声が流れた。この声を聞くと、いよいよ夏だな、という新たな感慨を懐いたものだ。 いまでは懐かしい子どもの頃の思い出である。 ...続きを見る

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2016/07/22 17:16
思い出のスケッチ59 朝顔市
思い出のスケッチ59 朝顔市 入谷の朝顔市とえば、鬼子母神。他人の子どもを取って食べまくった極悪の魔女だ。怖いドイツのグリム童話そこのけの恐怖譚でいて、安産・子育ての女神として再来し、信仰を集めている。日本って、すごい国だと思う。 ...続きを見る

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2016/07/19 17:29
暑中お見舞い申し上げます
暑中お見舞い申し上げます                     暑中お見舞い申し上げます。 ...続きを見る

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2016/07/15 17:13
思い出のスケッチ58 矢立で描く・続々
思い出のスケッチ58 矢立で描く・続々 アメリカの農民画家モーゼス(1860〜1961)は、60歳を過ぎて絵を描き始めた。百歳を超える長寿を全うしたが、養老施設に入ってからも画帳を離さなかったという。ここでは、彼女の『自伝』から貴重な教訓となる部分を引用しておいた。 ...続きを見る

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2016/07/11 17:44
思い出のスケッチ57 矢立で描く・続
思い出のスケッチ57 矢立で描く・続 終戦直後の食糧難時代は、かぼちゃや、さつまいもが主食だった。子どもながらかぼちゃの顔を見るとゲボッと気分が滅入ったものだ。でも、命を繋いでくれた大切な食べ物。家の庭に作って食べたりしているうちに、いつのほどにか好物になる。 ...続きを見る

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2016/07/08 18:23
思い出のスケッチ56 矢立で描く
思い出のスケッチ56 矢立で描く 都内のある稲荷神社の茶店で耳にした話である。神殿に日参する女狐がいた。ある時、この女狐が店の婆やの夢枕に立ち、子の安全のために、てんま山のお社にも祈願に通っているという。婆やはそんな女狐をいとおしみ、その姿にいつも声をかけては励ましていた。ところがある時からふっつりと女狐の姿が見えなくなった。 ...続きを見る

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2016/07/04 18:33
思い出のスケッチ55 矢立(やたて)
思い出のスケッチ55 矢立(やたて) 趣味でちょくちょく顔を出していた瀬戸物屋で聞いた話を絵にした。あるじは一刻者で知られていたが、この日は機嫌がよく、急須について語ってくれた。矢立で添え書きし、そのときの模様を記録しておいたものである。(昭和末頃のスケッチ) ...続きを見る

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2016/07/01 18:15
思い出のスケッチ54 毛筆に親しむ
思い出のスケッチ54 毛筆に親しむ 斑入りアオキ。アオキの変種である。葉に木漏れ日のような模様があって、おもしろいと思い絵にした。余白に添え書きを試みたが、これには携行用の矢立(やたて)の筆を用いた。絵や文字の線等に毛筆による変化を見出して、当時、1990年前後は夢中の余暇を送っていた。 ...続きを見る

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2016/06/27 17:56
思い出のスケッチ53 雨に詠えば
思い出のスケッチ53 雨に詠えば 『雨に唄えば』といえば、オールド・ファンには懐かしいアメリカのミュージカル映画の主題歌である。ここにいう「雨に詠えば」は、日本の俳句で、とりわけ梅雨に寄せる雨の句を詠む、という意味に解していただきたい。(「梅雨の街にて」 2010年ごろ) ...続きを見る

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2016/06/24 17:57
思い出のスケッチ52  雨 傘
思い出のスケッチ52  雨 傘 一日、雨だった。梅雨はまだ当分続きそうだ。椅子によりかかって、窓越しに雨の景色を眺めていた。道路を、透明のビニール傘をさした人影がいくつもよぎる。 以前は黒っぽいこうもり傘が一般で、さらに遡れば、油を引いた和紙製の「番傘」が雨空の下を当然のように行き交っていたっけな。 ...続きを見る

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2016/06/20 17:56
思い出のスケッチ51  梅雨晴れ間
思い出のスケッチ51  梅雨晴れ間 湖畔の梅雨晴れ間。モーターボートが水面を鋭く切って疾走したあと、それを裏返すような静寂な湖面に、カッコウの啼く声が長閑に流れていた。 ...続きを見る

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2016/06/17 17:20
思い出のスケッチ50  日本橋
お江戸日本橋は、日本のおへそであった。東海道をはじめ中山道など主要五街道の起点であり、旅の始まりはこの日本橋にあったのだ。 現在の日本橋は明治44年(1911)に架設されたもので鉄筋に変わっていたが、これを描いた昭和60年(1985)当時は江戸ブームのはしりで、日本橋に関心がたかまりつつある頃だった。 ...続きを見る

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2016/06/13 20:00
思い出のスケッチ49 漁港の魚屋
伊豆地方の漁港の魚屋。昭和50年代の懐かしさが伝わってくる。明治時代からつづく魚屋として地元では名の知れた老舗だった。初代は棒手振り(ぼてふり)の行商から身を起こしたとかで、その時の天秤棒が家宝として大切に保存してあるという話であった。 ...続きを見る

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2016/06/10 17:23
思い出のスケッチ48  雨 または雨脚
関東にも梅雨入りが発表された。雨のスケッチである。海辺に雨の降り注ぐ様子を、休憩所から眺めた一枚。ふと思う、歌川広重が降雨を描いた絵に、西洋の画家たちはアッと驚かされたことを。 かくして、江戸では当たり前の雨の風景画が、彼らの絵に画期的な変革をもたらすことになったのである。 ...続きを見る

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2016/06/06 22:30
思い出のスケッチ47 ツバメ
6月はツバメの季節だった。田植えの最盛期の空には、せわしく飛び交うツバメの姿があった。ツバメたちも巣作りと子育ての真っ最中だったのだ。 現代では、田植えは5月早々の連休に機械植えですませている。これには、9月の台風シーズンの前に収穫できる早生(わせ)の品種を採り入れているためでもある。 ...続きを見る

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2016/06/03 17:35
思い出のスケッチ46 鮎解禁
あさって6月1日は、鮎の解禁となる川が多いのでは。 酒匂川の上流ではこの日、医者、郵便局長、教師、俳諧師の御隠居など、そうそうたるメンバーを揃えていた。その中に新米の私たちが加わったのは、画家の師の勧めであった。入漁料を払っての参加であったが、いい経験をしたと今にして思う。 ...続きを見る

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2016/05/30 17:46
思い出のスケッチ45 八つ手の庭
子どものころ、かくれんぼが面白かった。鬼役の子に見つからないように、もの陰に身をひそめる。その格別の隠れ場が、家々の前庭にあった八つ手の茂みだった。この八つ手のある庭のスケッチは昭和の終わり頃のもので、今もって懐かしさが胸に迫ってくる一枚である。 ...続きを見る

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2016/05/27 17:05
思い出のスケッチ44 麦笛
学校帰りの子どもたちが、麦笛を吹きながら夕焼けの麦畑の道をたどる。学校で教わったばかりらしいシューベルトの『野ばら』の曲であった。 >童は見たり 野中のバラ 清らに咲ける その色愛でつ・・・。 丘の上からスケッチをしながら、私も麦笛に調子を合わせて『野ばら』を口ずさんでいた。 ...続きを見る

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2016/05/23 12:47
思い出のスケッチ43 消えた杜(もり)
「目に青葉 山ほととぎす 初がつお」。 初夏である。ホトトギスの声がひとしきり聞こえる森林の奥に鎮守の杜(もり)があった。神殿にはたくさんの絵馬(えま)が奉納されていて、見飽きることがなかった。ところが、その杜を見たのはこの時が最初にして、最後だった。ふたたび巡り合うことがなかったのである。 ...続きを見る

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2016/05/20 22:47
思い出のスケッチ42 画材店「伊東屋」
画材店は、私にとって魅力のある店舗だった。街で見かけると、つい入りたくなる。そんな中でも、品質の高さと品数の多さで知られた銀座の「伊東屋」は、憧れのメッカの観さえあった。一歩店内に身を入れると、快い緊張感を覚えたものである。 ...続きを見る

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2016/05/16 17:10
思い出のスケッチ41 峠茶屋
北アルプスの山麓歩き、今でいうトレッキングを楽しんでいた頃の一枚。和紙に岩絵具を用いて水墨画ふうに。 峠の茶屋には名物のとろろ汁や串団子が売られ、登山者の憩いの場となっていた。店の犬が、去る客を店頭からいつまでも見送ってくれていたのが、目に浮かぶ。 ...続きを見る

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2016/05/13 17:16
思い出のスケッチ39  雷門と人力車
この5月の連休に日本を訪れる外国の観光客の数は、過去最多を記録すると伝えられている。日本ブーム。美(うま)し国ニッポン! なかでも東京浅草の雷門は彼らにとって依然、一番の観光スポットという。 ...続きを見る

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2016/05/06 20:12
思い出のスケッチ38 蛙の田植え歌
五月の連休は農家にとって田植え時だ。田づらを渡るのは田植機の単調なエンジン音だが、むかしは赤いタスキをした早乙女(さおとめ)たちが、田植え歌に合わせて早苗(さなえ)を手植していた。初夏の懐かしい風物詩だったが・・・。 ...続きを見る

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2016/05/02 17:20
思い出のスケッチ37 「牧神の午後」に寄す
五月の草原でのスケッチだった。うっとりするような陽光のもと、ふと顔をあげる。ドビュッシーの「牧神の午後」が流れ、牧神に扮したダンサーが中空を翔んで行くではないか・・・。 ...続きを見る

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2016/04/29 17:09
思い出のスケッチ36 信越国境の春
長野と新潟の雪深い接点である信越国境、通称「秋山郷」は私の取って置きの秘境であった。遅い春を迎える4月から5月にかけてはまさに野鳥の天国となった。(絵は「秋山郷の木漏れ陽) ...続きを見る

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2016/04/25 20:41
思い出のスケッチ33 桜・補遺
近くの公園に見かけるこの桜は、ソメイヨシノとしては遅咲きに属していて、葉桜の時期に花盛りを迎える。そのため、桜の描き納めとしていつも描いていたのだが、散るのも早く、広げたスケッチ・ブックのうえに花びらが舞うのだった。 ...続きを見る

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2016/04/15 20:55
思い出のスケッチ31 桜Y
上野公園の京成電鉄側の入り口の坂道は、桜の最盛時になると押しかける花見客で賑わう。その25段ほどの石段のわきにイーゼルを立てて、客を誘う似顔絵描きたちの姿があった。 ...続きを見る

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2016/04/08 14:56
バード女史の日本山岳礼讃
(今日の一枚 立山連峰) 日本へ3度もやって来たバード女史を惹き付けたのは、自然の美しさであった。 とりわけ山岳の素晴らしさには、賛嘆の声をあげている。 ...続きを見る

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2010/09/05 15:04
<一休み> ポーズ中の肩に鉛の板が
(今日の一枚 モデル嬢) モデルさんも楽に見えていて、結構大変のようですね。 はい、ポーズをとっていると、急に肩のまわりに・・・ ...続きを見る

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2010/09/03 11:25
奥地紀行72 さようなら 美しい国日本!
(今日の一枚 槍ヶ岳連峰) 1878年12月19日、ロシア汽船ヴォルガ号で横浜港を発つ。折から雪をいただいた富士山が朝日を受けて紅く輝いていた。東北・北海道の苦難の多い旅であったが、いまは懐かしさばかりがこみ上げる。さようなら、美(うま)し国日本よ! ...続きを見る

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2010/08/31 22:29
奥地紀行71 子連れの道産子
(今日の一枚 北ア 山荘) 日本町で宿を取ったとたん、また「障子に目あり」で覗き見が深夜まで。翌日からの2日間の馬上旅行は美しい景色に恵まれ、最高だった。子馬を連れた母馬が、子のことが気になって仕方がない様子である。3か月にわたる奥地旅行も終りに近づきつつあった。 ...続きを見る

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2010/08/27 21:56
奥地紀行70 猿人・COWARD
(今日の一枚 霧多布湿原) 囲炉裏のまわりでうごめく「つがいの猿人」。 浴びせる雑言。 わたしは見たままの真実を書かねばならない。 ...続きを見る

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2010/08/24 23:10
奥地紀行69 美しい内浦湾の夕べ
(今日の一枚 利尻岳) 5百人が住むアイヌ村の政庁駐在所のボロ家に泊まる。日本の主人親子は、アイヌ人の正直さを強調してやまなかった。煙を吐く有珠山を背景に、彷徨する憂愁の民と晩鐘。一番美しい夕景を見た! ...続きを見る

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2010/08/21 22:10
奥地紀行〔幕間〕  ヘッセ・自給自足讃歌
(今日の一枚 イメージ 庭仕事するヘッセ) 20世紀の初頭、自然の開発の脅威をいちはやく告発したドイツ人がいた。詩人&小説家へルマン・ヘッセである。 この先覚者は、移り住んだスイスでの自給自足の生活で唯一自慢にしたのは「美しい環境に住むという技術」だった。 ...続きを見る

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2010/08/15 21:00
奥地紀行67 アイヌの<聖なる飲酒>
(今日の一枚 イメージ苫小牧海岸) 白老には50戸ほどのアイヌ村があった。隣接する和人の村に元本陣があって、11軒の家ほとんどがアイヌ人向けの酒屋を営んでいた。昨日までいた門別にしろ、アイヌの村には酒の臭いが濃く漂っていたのだった。 ...続きを見る

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2010/08/12 21:22
奥地紀行66 コタンとの別れの日
(今日の一枚 イメージ尾瀬) 平取のコタンと別れる日がきた。酋長の妻たちが早朝から送別のきび団子を作る準備をし、別れを惜しむ村人達が熊の皮など馬の背に余るほどの贈り物を持って集まって来た。そこでバード女史は滞在中気になっていた飲酒習慣の弊害について皆に説いたのだが・・・ ...続きを見る

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2010/08/07 23:08
奥地紀行65 アイヌ酋長と古老たち
(今日の一枚 丘の上の窯業所) アイヌの酋長は、「唯一絶対の創造主」を説く英国宣教師にいった。「唯一の神の許で、どうしてあなたは金持ちで、私たちは貧しいのか?」 高い美意識をもつアイヌの人たち。しかし、村の古老たちを見ていると、時代から取り残されていく民族の哀感が・・・ ...続きを見る

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2010/08/02 23:41
奥地64 金田一京助・アイヌ芸術(金工・漆器編)
(今日の一枚 藤棚のある公園) 審美を究めたアイヌの人たちは、一方で日本古美術のよき理解者であり保護者であった。「近代化」で四散流失した伝統工芸の逸品太刀・漆器類を、信仰のもとで手厚く保管していた彼らは、いわば日本古美術界の恩人であった。 ...続きを見る

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2010/07/29 23:01
奥地63 金田一京助・アイヌ芸術(木工編)
(今日の一枚 鹿嶋槍) アイヌ工芸の原点に、イナウ(神木)の造形感覚があった。無心に彫られた椀、酒箸、盆などには、かれらの祈りと技と美意識が垣間見られる。いまでは「幻の木工品」となりつつあるそれらを、『アイヌ芸術』に観ることにした。 ...続きを見る

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2010/07/24 16:34
奥地62 金田一京助・アイヌ芸術(服装編)
(今日の一枚 鋸山) アイヌの人は天性の美感を備えていた。それは特に美術・工芸の分野にいかんなく発揮されていて、「アイヌの優等性を最も端的に示すもの」と、金田一東大教授は賛辞を惜しまない。今回から3回に分けて教授の共著『アイヌ芸術』を覗いてみることにして、初回はまず「服装編」を・・・ ...続きを見る

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2010/07/20 13:59
奥地紀行61 毒矢・仕掛け矢 その秘密
(今日の一枚 人物デッサン会にて) 酋長間で毒の正体を極秘にしていた毒矢。獲物の種類ごとに照準を合わせるセンサー的なハンティング・スケール付き仕掛け矢。 アイヌ狩猟具の牙城に迫る。 ...続きを見る

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2010/07/15 23:37
奥地紀行60 熊の威を讃える「熊崇拝」
(今日の一枚 大雪山) 超人的な存在にお酒を捧げれば、よい影響をうける、といってアイヌ人は嬉々としてお神酒を酌み交わす。蝦夷の百獣の王、熊は神に最も近い存在として、特別に崇拝されていた。イヨマンテは彼らにとっては最高の祭りごととして「よい影響」をうけた。 ...続きを見る

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2010/07/10 23:30
奥地紀行59 口琴、竪琴・・・アイヌ楽器
(今日の一枚 某アート・ディレクターの印象) アイヌ村で踊りを見せてくれた。ゆったりとした、どこか哀愁の漂う舞踊であった。主な楽器はギターに似た竪琴(トンコリ)と、歌いながら吹く口琴(ムックリ)で、その不協和音が独特の雰囲気をかもしていた。酒は「神のために飲む」といい、女もよく飲んだ。 ...続きを見る

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2010/07/07 23:55
奥地紀行58 日本の骨董を秘蔵し神器に
(今日の一枚  トルコ共和国の女性) 信仰心の篤いアイヌ人の祭ごとに欠かせない神器には、日本の骨董が多く用いられていた。その中には国宝級のものがあり、彼らの審美眼は並みでなかったことを物語っている。 ...続きを見る

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2010/07/03 23:15
奥地紀行57 暮しに根付いた<用の美>
(今日の一枚 花) 民芸研究家の柳宗悦や白洲正子らが熱心に唱えた「用の美」(玩物としてでなく、生活用具としての美)を、アイヌ人は伝統的に身につけていた! ...続きを見る

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2010/06/29 16:33
奥地紀行56 <未開人>に稀な美的センス.
(今日の一枚 アイヌ男性の正装) アイヌの衣服は、いわるる「未開人」の中にあって格段に優れていた。織るのは女たちで、織機はごく簡単な物であったが、そこから魔法のように妙なる布が織り出された。 ...続きを見る

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2010/06/25 23:29
奥地紀行55 アイヌ女性の入れ墨
(今日の一枚 牛久沼) 日本政府はアイヌ人を従わせようとして苛めている、という。そういう面は否定できないにしろ、すべてがそうだろうか。アイヌ女性の入れ墨を例にとって考えてみた。 ...続きを見る

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2010/06/21 23:49
奥地紀行54 アイヌ村の義経神社
(今日の一枚 アラビアの少女) 病気の妻を助けてくれたお礼にと、西洋人では初めてというアイヌ村の神社に副酋長が特別に案内してくれた。険しい山の頂にある社にあえぎあえぎ登って見たものとは・・・ ...続きを見る

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2010/06/18 23:31
奥地紀行 梅雨晴れ間 ちょっと一休み
6月のもやもやした晴れ間。でも、あすからまた雨。こういう天気を季語で「梅雨晴」、「梅雨晴間」というそうです。 ひと走りして河畔で一枚・・・ 名句もご鑑賞あれ。 ...続きを見る

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2010/06/15 14:56
奥地紀行53 副酋長の妻女が危篤に
≪イサベラ・バード著『日本奥地紀行』より≫ ...続きを見る

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2010/06/13 15:28
奥地紀行52 倉の管理は女たちの手で
≪イサベラ・バード著『日本奥地紀行』より≫ ...続きを見る

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2010/06/10 23:29
奥地紀行51 プリミティブな「ならわし」
(今日の一枚 北岳) 窓から水を捨てようとして、とがめられた。窓にはアイヌの神木が祀られていた。かれらは宿泊料を取らなかった。チップという習慣などない。彫刻を施した見事なナイフを無理を言って分けてもらう時見た、アイヌの倫理観・・・ ...続きを見る

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2010/06/07 16:33
奥地紀行地50 外人探検家の功罪
(今日の一枚 裸婦) 幕末から明治初期にかけて、西洋では極東の少数民族アイヌに大いなる好奇心がもたれていた。探検家がやってくるうちに、アイヌ墳墓を盗掘し、人骨を持ち去るというとんでもない事件が起きた。 ...続きを見る

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2010/06/04 23:32
奥地紀行49 アイヌ村で歓迎の宴
(今日の一枚 昆布干し) 私を歓迎する宴に招かれる。囲炉裏をかこむ席には、村の厳格な序列があった。彼らは日本人の3倍は飲んだが、座の乱れることがなかった。酋長の老母は不在の酋長に代わって上座を占め、椀酒をあおっていた。 ...続きを見る

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2010/06/02 23:54
奥地紀行48 覗き趣味を持たない山の民
(今日の一枚 山小屋) 平取のアイヌ村では、物見高い群れや部屋覗きにあうことはなかった。無関心なのか、好奇心が欠けているのか(と、バード女史はいささか調子抜けの態)。しかし、夜には「悪魔の眼」が・・・ ...続きを見る

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2010/05/30 23:57
奥地紀行47 アイヌ村で通訳火焙りに?
(今日の一枚 湖と花菖蒲) 平取のアイヌ村にステイ。随伴の通訳、伊藤がアイヌ村に泊まることをひどく怖れていた。富川で聞いていたのだろう。その言い分は、村で火焙りの刑にされると誰もが思わせるものだった。 ...続きを見る

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2010/05/27 23:41
奥地紀行46 2人の探検家と会う
(今日の一枚 樽前山) 富川の宿で2人の西洋探検家と顔を合わせる。その1人ハインリッヒ・シーボルトは、あの偉大なフィリップ・シーボルトの次男で、かれらはアイヌ調査に来ていた。一緒だった友人に逃げられるなどして、その調査は失敗したようだった。 ...続きを見る

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2010/05/24 16:39
奥地紀行45 美しい原野と親切な渡し守
(今日の一枚 願掛けアイヌこけし) 北海道のすばらしいパノラマ的風景のなかを行く。いつも逃げようとする馬を上手に御して、野を軽快に走らせた。川の渡し場では親切なアイヌ人。別れの挨拶が印象的だった。 ...続きを見る

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2010/05/22 17:21
奥地紀行44 初めて接するアイヌ人
(今日の一枚 山と湖) 室蘭から幌別を経て白老へ人力車で。 前半は車夫に振り回され、散々だったが、後半はアイヌ人が牽いてくれた。初めて接するアイヌ人・・・ ...続きを見る

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2010/05/20 16:30
奥地紀行43 北海道の悪馬とアイヌ人
(今日の一枚 チキュウ岬灯台) 室蘭へやってきた。険しい岸辺にありながら、魅力的な町だ。この海岸線にそって最初のアイヌ村があるという。地元で「悪馬」と「アイヌ人」の話を聞いた。 ...続きを見る

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2010/05/18 16:58
奥地紀行42 風光明媚な函館と「洋品店」
(今日の一枚 港) 北海道の玄関 函館にやってきた。土地柄に惹かれてしばらく滞在している。港の景色は地中海を想わせる素晴らしい所だ。立ち寄った村の小さな洋品店には舶来品が並べられていた。しかし・・・ ...続きを見る

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2010/05/15 23:20
奥地紀行41 モース・コレクション写真続編
(今日の一枚 大通り公園) 街は終日、物売りが辻辻を流し、日の暮れるまで子どもの遊ぶ声が聞こえていた。明治の下町。それはそれは、不思議の国だった。 ...続きを見る

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2010/05/13 23:29
奥地紀行40 モース・コレクション写真編
(今日の一枚 続・農村風景) 人びとは美しい自然を愛し、貧しくても誠実に働くのを生き甲斐として、それなりにわいわいと楽しく暮らしていた。あれから百数十年。いま、これらの写真が問いかけているものとは・・・。 ...続きを見る

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2010/05/10 23:40
奥地紀行39 モース・コレクション民具編
(今日の一枚 昔の農村風景) モース・コレクションを展示したピーボディ博物館には、豊かな江戸文化を色濃く残す明治時代がそのままの形で今も息づいている。シーボルトも江戸末期の民具等を持ち帰り展示しているが、彼らは異色の日本文化をこよなく愛した人たちで、その展示品には特別の愛惜の念がこもっているといわれている。 ...続きを見る

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2010/05/08 12:41
奥地紀行38 興味深いモース・コレクション
バード女史の『日本奥地紀行』では、同時代の資料として大いに役立っているモース・コレクション。これからの旅は、ほとんど外国に知られていなかった北海道に入りますが、ちょっと一休みして、モース・コレクションの魅力に迫ってみましょうか。 ...続きを見る

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2010/05/05 23:43
奥地紀行37 女性がいて安全な混浴
ひとりで人力車に乗って遠出をする。神社を見たりして、温泉地にやって来る。車夫が気を利かせて男女混浴の風呂場に案内してくれた。政府は対外的な配慮から混浴を禁じようとしている。しかし、混浴は女性がいるから安全なのだとか。 ...続きを見る

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2010/05/02 23:03
奥地紀行36 剃眉歯黒・未既婚別髪形
(今日の一枚 和装の娘さん) 開け放たれた座敷で、奥様がお化粧をしていた。 今日は私がプライバシーを覗く側に。 3時間かけたお化粧の出来上がり具合は、さて・・・ ...続きを見る

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2010/04/29 23:08
奥地紀行35 日本で聞く百千の下駄の音
今ではお蔵入りした下駄。庶民には一番身近な履物だった。浅草の仲見世などでは、外国人にとって和傘とともに下駄がいまも人気とか。ところが、バード女史には下駄の音が・・・ ...続きを見る

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2010/04/26 23:15
奥地紀行34 ワンダーランド青森ねぷた
青森の奇祭「ねぷた祭」を見物。ワンダーランドのようなこんな光景を、今までどこの国でも見たことがない。灯と色と不思議のすばらしい祭典だ。 ...続きを見る

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2010/04/24 23:12
奥地紀行33 壮観 川を埋める流木!
(今日の一枚 山雨) 山中に伐り出してあった材木が、豪雨で増水した谷川を押し流されていく。無数の流木が川を埋める壮大な光景に、探検家バード女史は法悦感から思わず身を乗り出す。 ...続きを見る

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2010/04/22 17:32
奥地紀行32 峠の山津波
(今日の一枚 漁村にて) 青森と秋田の県境にある矢立峠。ここで未曾有の水害に遭遇した。目の前で秋田杉の森が山津波にのまれて渓に消える。洪水を起した渓流を渡るとき、眼に火花が散って私は意識を失った。 ...続きを見る

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2010/04/20 10:04
奥地紀行31 日本は子どもたちの天国
青森の晴れた空の下で、子どもたちが凧を揚げていた。大人が両手を広げたほどの大きな凧も蒼空を泳いでいる。一般に日本の子どもたちは、親には孝行を尽し、余計な手を掛けさせない。そして、子ども同士のユニークな世界を作って遊び、楽しんでいた。 ...続きを見る

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2010/04/15 23:04
奥地紀行30 著者イサベラ・バードの略歴
日本奥地紀行の著者イサベラ・バードが著名な探検家になったのは、病弱だったため!? 地球の裏側から四度も日本にやってきた! ...続きを見る

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2010/04/12 22:26
奥地紀行29 びっこの馬と馬子(まご)
(今日の一枚 春の小川は地下に) この日に雇った馬はびっこで陰気そうだった。逆に馬子はほろ酔い機嫌で唄ったり、跳ね回ったしていた。増水した川の瀬で馬子が足をさらわれ、流されそうになったとき、馬は思いがけない行動をとる。 ...続きを見る

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2010/04/10 22:08
奥地紀行28 雨中の事故&暗いニュース
(今日の一枚 皇居広場) 秋田の北部は30年ぶりの大雨に見舞われていた。洪水の米代川では眼の前で屋形船が樹木に衝突し、乗客たちが転落。内の一人が濁流に呑まれ行方不明となる。宿屋にはテロの暗い噂が流れていた。 ...続きを見る

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2010/04/08 23:13
奥地紀行27 奥羽路で西洋料理!
(今日の一枚 桜並木) 久保田(現秋田市)でビフテキなどの西洋料理にありつく。ずっと口に合わない食事に耐えてきたきただけに、食べていて「眼が生きいきと輝く」ような気持になった。それにしても、日本では動物に対する殺生には反発が強い。たとえ鶏といえども殺すというと、いくら金を積んでも売ってくれなかった。 ...続きを見る

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2010/04/06 16:02
奥地紀行26 ああ、脚気と火事と
(今日の一枚 東京・千鳥ヶ淵)7月21日、山形から秋田へ入る。県境に近い村は脚気(かっけ)という怖ろしい病魔に襲われ、多くの死者を出していた。宿泊地の湯沢では予約していた宿屋が火事で類焼。 ...続きを見る

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2010/04/04 16:02
奥地紀行25 かみしも着けた日本の医者
(今日の一枚 菜の花畑と桜並木 )虫に刺されて炎症を起す。呼んだ医者は、江戸時代さながらのカミシモ姿で現れ、平伏三度して・・・。< ふろく >に解剖学事始め ...続きを見る

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2010/04/02 23:16
奥地紀行24 群れ蚤の撃退法
(今日の一枚 紅木蓮) <蚤しらみ馬の尿(しと)する枕もと>。 芭蕉が『奥の細道』の出羽国境で詠んだ句。バード女史も尾花沢へ向かうこのあたりで、蚤の群れに悩まされた。 ...続きを見る

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2010/03/30 23:14
奥地紀行23 茶屋でちょっと一休み
(今日の一枚 早咲きのサクラ) イザベラ・バード女史(英国 47歳)が北国に向けて東京を出発したのが1878年(明治11)6月10日だった。旅は奥州街道の山形と秋田の県境にさしかかっている。この間、一ヶ月半。ようやく旅に慣れてきた彼女が日本人について一番に感じたものとは。 ...続きを見る

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2010/03/28 22:27
奥地紀行22 官庁の近代的な建物の中は
紅花(べにばな)で栄えた山形の町は、立派な道路とあいまって近代的な官庁街の建物が整備されていた。当然、うつわにふさわしい中身が期待された。 ...続きを見る

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2010/03/25 16:27
奥地紀行21 店頭にフランスのワインが?
(絵はシャトーカミヤ・ワイナリー)山形県は上ノ山町に逗留する。日本のじめじめした気候のなかにあっては、空気が乾いていて健康的な温泉場だった。県都 山形の町ではフランスの高級ワインなどが売られていたが・・・ ...続きを見る

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2010/03/23 16:28
奥地紀行20 別天地の米沢盆地!
寒々とした越後の山を越えて、米沢盆地に出る。そこには快い夏の陽があった。人びとは豊かな恵みのもとで自由な暮らしをしている。圧政に苦しむアジアの中では珍しい光景であった。 ...続きを見る

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2010/03/21 23:10
奥地紀行19 女ひとり旅でも安全な日本
(今日の一枚 散歩途上にて)外国の女性が一人で通訳の少年を伴い、これより1900キロにわたる未知の日本の奥地へ探検に入り込む。無鉄砲きわまりない話だが、はたして安全なのか。 ...続きを見る

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2010/03/19 23:40
奥地紀行18 石油大国越後の実態
新潟から黒川へ。船と人力車を乗り継ぎしながら進む。町や村の暮らしは、粗末なものだった。黍や蕎麦に大根を加えたものが主食。石油など天然資源に恵まれながら・・・ ...続きを見る

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2010/03/17 23:13
奥地紀行18 雪国・越後の暮らし
雪の降る日が1年のうち30日以上もあるという越後の町。粗末な藁靴に綿入れを被り、目だけ出して薄暗い雁木通りをうろつく人たちのことや、温暖なナポリより南に位置しながら冬はマイナス10度になるという話に驚くバード女史。 ...続きを見る

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2010/03/15 16:04
奥地紀行17 町のアイドル、ルースちゃん
新潟の町に2週間滞在。町では、イギリス領事館の娘がみんなのアイドルになっていたのである。色白金髪の3歳になるルースちゃんだ。そこには、単なる物珍しさだけでなく、日本人の子どもに寄せる愛情の深さがあった。 ...続きを見る

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2010/03/12 01:41
奥地紀行16 津川の急流下り
会津街道の津川町から船で新潟へ向かう。渓流を矢のように行く「津川の急流下り」はスリルがあった。ライン川の渓谷下りをほうふつとさせた。美しい眺めの阿賀野川に入ると、空気が美味しく感じられた。遠くには越後山脈に残雪・・・ ...続きを見る

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2010/03/09 23:11
奥地紀行15 なぜ日本奥地紀行は書かれたか
日本奥地紀行』は、英国の女性探検家として注目されていたイザベラ・バードが、母国にいる最愛の妹に宛てた書簡集の形をとっています。文明開化から置き去りにされた北日本の状況を率直に描いていることで、国辱と受け取られる向きもあろうかと思いますが、その真意は・・・ ...続きを見る

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2010/03/07 20:56
奥地紀行14 風光明媚な峠の茶屋
会津から越後へ向かう街道の峠の茶屋兼宿屋で、バード女史は豊かな自然に取りまかれて、楽しいホリデーを過ごします。これまでの谷間の奥の薄暗い宿屋を欝陶しく感じさせるほどに、そこはすばらしい楽園でした。 ...続きを見る

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2010/03/05 13:41
奥地紀行13 外人がピストルを向けた!
行く先々でバード女史に見物人が群がります。外国人を初めて見るためで、お歯黒をしていないので男と見間違えたり、望遠鏡を取り出すと「ピストルだ!」と一斉に逃げ出したり・・・ ...続きを見る

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2010/03/03 23:04
日本奥地紀行 12 馬の藁沓もリサイクル
英国の紀行家バード女史が、「奥地」へ向けて本格的に出発します。坂道で躓き倒れる馬の背から放り出されたり、治療を求める村人たちに取り囲まれたり・・・。 しかし合理的なリサイクル社会の姿は眼に留めています。 ...続きを見る

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2010/03/01 14:56
日本奥地紀行 茶屋でちょっと一休み
いよいよ知的好奇心の塊りみたいなバード女史の、「奥地探検」が本格的に始まります。 さて、そのまえに、ここらあたりで茶屋の接待でも受けて、英気を養いましょうか。裸婦クロッキー(早描き)会のモデル嬢の四方山話でも・・・ ...続きを見る

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2010/02/26 23:45
日本奥地紀行 11 子どもの教育と女の子 
バード女史は日光の小学校を見学している。そこに見たのは、「いろはにほへと・・・」という東洋的無常観をテキストに用いていること。そして帰宅後、女の子が赤ん坊の世話をしているのに注目。 ...続きを見る

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2010/02/23 21:26
日本奥地紀行 10 日光坂を落馬しつつ
今後の辺鄙な北上の旅に備えて、奥日光の坂を馬上旅行してみる。実態は、揺れる不安定な高い位置で、鞍にしがみ付くような恰好で・・・。泥の中にすべり落ちたときは、なぜかホッとするバード女史。 ...続きを見る

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2010/02/21 18:24
日本奥地紀行 9 日本家屋の美意識!
日光にある金谷家に10日間滞在。簡素にして優雅な生活に、バード女史の旅ごころは充分癒される。やがて、日本の国際観光ホテルの発祥地となる金谷邸・・・ ...続きを見る

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2010/02/17 23:22
日本奥地紀行 8 あゝ 日光ケッコウ!
二王門から陽明門、拝殿へ。江戸時代の建築美術の粋を凝らした日光東照宮! 今まで夢にも見ない世界にバード女史は驚嘆するばかり。しかし、あるじ家康の墓の静ひつな雰囲気に・・・ ...続きを見る

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2010/02/15 23:21
日本奥地紀行 7 日光で見た廃仏棄釈
明治に入り全国的に推進された廃仏棄釈政策によって、表舞台から姿を消した幾多の寺や仏像、仏具などの文化財,そして大勢の僧侶たちは何処に? 日光東照宮でその現実を目の当たりにした女史は、言外に嘆息を洩らす。 ...続きを見る

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2010/02/13 23:40
日本奥地紀行 6 驚嘆 釘のない伽藍建築
日本の寺院に特別の関心を寄せていたバード女史をまず驚かせたのは、釘を用いない建築法だった。 ところで日光街道周辺には、隠れた古刹が多い。絵にした雲厳寺(大田原市)もその一つである。 ...続きを見る

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2010/02/10 21:53
日本奥地紀行 茶屋でちょっと一休み
旅は長くなりそうです。ちょっと、路傍の茶屋に立ち寄って、お茶のサービスでも受けましょうか。その間に、最近某社のサイトに載った私の絵入りエッセイでも見てもらいましょう。題して『下田のペリー・ロード』。(この絵は 1−4図) ...続きを見る

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2010/02/08 14:13
日本奥地紀行 5 貧者の一灯/日光街道の杉並木
日光街道の杉並木の壮大さにバード女史は眼を見張った。これには、青銅製灯篭を奉納できない貧しい者たちが代納として植えたと聞き、この種のものでは世界最大級のモニュメントと絶賛。 ...続きを見る

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2010/02/06 11:50
日本奥地紀行 4 障子に目、目、目あり
日光街道の旧宿場町「栃木」もまた、旅人たちにとって天国だった。女のガイジンが珍しいのか、バード女史の泊まった部屋の、穴だらけの障子に目が埋まる。 ...続きを見る

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2010/01/31 16:52
日本奥地紀行 3 人力車と車夫たち
文明開化とともに街にどっと溢れ出た人力車。しかし、牽くのは牛馬ならぬ人間だった。バード女史はこの過酷な使役に耐える車夫たちの日常にも目を向けている。 ...続きを見る

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2010/01/27 22:47
日本奥地紀行 2 ホテルの喧騒と闖入者
バード女史の旅、第一夜。宿場町の旅籠の異様な賑わい、喧騒、そしてプライバシー無視に早くも悲鳴をあげた。碧眼の体験記は、和洋の比較文化論の文献としても異彩を放つ。  ...続きを見る

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2010/01/21 22:34
日本奥地紀行 1 ダウンタウン浅草
バード女史は旅立つ前に、庶民の繁華街「ダウンタウン浅草」を訪ねた。驚きの連続だったが、矢場での客寄せのウラワザを見逃さない。山門のわらじの由来なんかもちゃんと聞き出していた。(女史のスケッチ、モース・コレクションの資料等を添付) . ...続きを見る

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2010/01/15 21:05
日本奥地紀行(序)/著者バード女史とは
明治11年(1878)、知的な眼をきらきらさせた英国婦人が、横浜埠頭に降り立った。探検家兼紀行作家のイサベラ・バードだった。神秘の国日本の、しかも維新から置き去られた東北、北海道へ、女性ガイジンとして単身で通訳を伴い分け入ろうとしているのだ。 ...続きを見る

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2010/01/12 14:17
今日の一枚 79 冨士/青い眼が見た冨士
明治初期に単身来日した英国の女性探検家が、初めて眼にする冨士を印象的に描いた。それは、常識を破った珍しい富士山であった。 ...続きを見る

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2010/01/07 22:05
新春らくがき・山頭火
屠蘇機嫌で、ワープロ原稿のウラに落書きをする。気がついたら山頭火らしき旅人。おお、俗塵と孤独のはざまを放浪の旅に明け暮れた詩人よ! ...続きを見る

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2010/01/03 21:43

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